« オートサロンの翌週に、冬の日光へ出かけました。(1) | トップページ | 『ぎふ観光フォトコンテスト2008』からの選考結果が来た ! »

2009年1月24日 (土)

オートサロンの翌週に、冬の日光へ出かけました。(2)

『田母沢御用邸記念公園訪問と、届けられた謎の郵便物』

旅行2日目は、AM10:00から¥500で東武日光駅前からの周遊バスに乗り、田母沢御用邸記念公園を訪れました。明治時代の日光出身の銀行家・小林年保氏の別邸に、赤坂離宮に使われていた旧紀州徳川家の江戸中屋敷の一部分を移築して、明治32年(1899)に皇太子であられた大正天皇の御静の為に造営されたものです。Photo

◎撮影機材 Nikon D300 & MB-D10 ・  DX VR 18-200mm G

大正7年(1918)から大規模な増改築が行われて現在の姿と成りました。この邸宅は、江戸・明治・大正時代の建築が融合しているので非常に珍しくも有もり、そして非常に貴重な建物なのです。Photo_2

御用邸という事で初めて訪問する私達は、恐る恐る辺りを伺いながら入園しました。国道から門を入って邸宅の玄関に近づくと、直ぐに係りの方から丁重な御挨拶を頂いたので驚いてしまいました。邸宅の見学料金は¥500ですが、とにかく立派な和風建築で歴史の重みを感じさせられました。敷地面積は、大正11年時には約10万7000平方メートルだったのですが、現在は約3分の1の約3万平方メートル(9000坪)となっています。

建物の広さは4500平方メートルで、部屋数はなんと106も有りその一つ一つの部屋には御用邸としての役割が全て割り当てられているし、例え極僅かに小さな建具に関しても随所に先人達の和風建築にかける伝統の智恵と、質実ながらの美が注ぎ込まれています。2_2 建物の内部は人の目に接する部分のみならず、天井にしても雨戸にしても銅ふき屋根にしても同様でありました。また数多く在る柱には、惜しげも無く最高の木材と手間が注ぎ込まれていますし、漆塗りにしても同様に最高の技術と手間が注がれていました。2_3

訪れられますとお解りに成られますが、とにかく邸宅は広いのです。その広い邸内の所々では係りの方が、何方へでも非常に詳しく説明されて下さりますので、見学の際には、是非お尋ねなされるのが宜しいかと思いました。ここに訪れると不思議な事に、時間がゆっくり心地良く過ぎて行くのでした。私は時間を忘れるほど縁側に座って居たかったのです。Photo_3

御座所です。3

今回私達が幸運だったのは、通常は非公開部分である「三階御展望室特別公開」が期間限定で催しされていて、その最終日に偶然訪れていたのでした。旧紀州徳川家の江戸中屋敷を明治期に赤坂離宮の花御殿として使われていた部分をここに移築したという事です。3_2 

私達は邸宅拝見の後、少し冬の寒さを感じさせられる広い庭園散策を致しましのですが、邸宅内を移動した距離の方が遥かに長いのではと感じさせられました。Photo_7

また季節を代えてユックリと訪問して静寂した時の流れを味わいたいと思いました。今まで色々な名跡を訪れましたが、この田母沢御用邸記念公園の入園料¥500は本当に対価以上にどの名跡よりも最高に満足させられたものででした。

14:00頃に東武日光駅から乗車して、約3時間30分掛けて自宅最寄駅へと到着しました。
帰宅後、この週末不在であった郵便物の中から、驚くべき封書が表れたのでした。この封筒から、何が出て来たかと思いますか?Photo_5

それは、去年08年7月に『岐阜県の長良川の鵜飼い観光』に訪れた際に、観光船から撮影した写真を応募した『ぎふ観光フォトコンテスト2008』からの選考結果の通知書でした。

---次回に続く----

|

« オートサロンの翌週に、冬の日光へ出かけました。(1) | トップページ | 『ぎふ観光フォトコンテスト2008』からの選考結果が来た ! »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1027365/27425338

この記事へのトラックバック一覧です: オートサロンの翌週に、冬の日光へ出かけました。(2):

« オートサロンの翌週に、冬の日光へ出かけました。(1) | トップページ | 『ぎふ観光フォトコンテスト2008』からの選考結果が来た ! »