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2009年3月12日 (木)

幻のラーメンと言われる竹岡式ラーメン『梅乃屋』究極レビュー(2)

私が、『竹岡式ラーメン』を口にするまでの30年間について!

【竹岡で、ただラーメンと書いてある看板を見た。】
私は、千葉県に30年程は住んでいますが、今から25年以上前の1983年にバイクを走らせて途中通過した竹岡で、お店の存在を知ったのでした。それは、東京湾沿いの国道127号を走っていると、道端にポッンとただ「ラーメン」と書かれていた各店舗の小さな看板が、所々で目につくので、振り返って見るとそれらの各店舗は、いずれも町の小さな食堂風の建屋でひっそりと営んでいて、道端にお客さんが溢れている気配は全く無くて、そこでとても美味しいラーメンが出されているお店とは思えませんでした。私は大体、何で人通りが少なくてしかも飲食店のメッカでも無いこの漁師町で、ラーメンの宣伝をしているのかが不思議で解りませんでした。

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その当時の千葉県の首都圏通勤エリアの住人では、この竹岡の土地の情報は殆ど知らなかったはずですから、今でこそ知名度の在る「梅乃屋」・「鈴屋」とて、この土地の間での存在だと思うのです。でも今振り返ると、千葉から館山方面へと走行している時に、各店舗の看板を目にしたのだから、あの当時でも遠くからはるばる訪れる人の為に、あれらの看板が在ったのかもしれないと思えたりもする気持ちは在るのですが。

そのツーリングの時から、現在までの25年の間に私は幾度となく、今年こそは絶対に竹岡の土地に訪れたいと思っていたのですが、何しろこの辺りは、千葉県先端の館山へ行く時位しか通わない処なので、そのままにしていたのでした。(その長い年月の間には、すぐ手前の君津までとか、更に遠くの館山へは何度も訪れてはいたのですが、ウカツにも通り過ぎてばかりいました。そして実は「鈴屋」の建物は何度も見ていましたが、館山まで出かける時には車を飛ばしていますのでいつもそのまま通過でした。)

Photo

【実は、私と竹岡のラーメンの関わりはそれよりも前から在ったのでした。】
話は更に古く成りますが、私のツーリングの在った1983年よりも更に6年前である、1977年位に当時中学生の私は、家の車で木更津に出かけると、「竹岡ラーメン」の看板は目にしていましたから、木更津ではその当時既に知名度が在ったと思うのです。

そして、木更津に近くづくたびにその「竹岡ラーメン」の文字を目にするので、コレ一体何なのだろうかとは思っていましたので、同乗していた「昔から先祖代々に渡って市川市に住んでいる千葉県京葉地区に詳しい人」に聞いても流石に木更津の情報までは答えられ無かったのでした。

とにかく、私と「竹岡のラーメン」についてはこれらの2つの逸話が30年前の中学時代から在ったのですが、その「竹岡のラーメン」との接点が無いままに時が経ってしまいました。

撮影機材:Nikon  D300  &  VR DX 18-200mm

次回予告:【コレが、私と竹岡のラーメンとの初対面だ!】

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